朝起きてボスに会いに行き退学願にハンコをもらってきました。ちょうど先輩がボスに研究の発表してるところだったので(スケジュール管理大丈夫なのか)、会見は2分で終わってしまった。あっけない。
たぶん月曜日に提出してきます。はー。
あとは具合悪かったのでずっと寝てました。うーん、風邪なのだろうか。土日でよくなってくれないと困る。
朝起きてボスに会いに行き退学願にハンコをもらってきました。ちょうど先輩がボスに研究の発表してるところだったので(スケジュール管理大丈夫なのか)、会見は2分で終わってしまった。あっけない。
たぶん月曜日に提出してきます。はー。
あとは具合悪かったのでずっと寝てました。うーん、風邪なのだろうか。土日でよくなってくれないと困る。
あいかわらず具合が悪いです。ウー。
お昼から仕事。ちょっとスケジュールを勘違いしていて面倒だなと思っていた案件がとりあえず順調に進んでくれたのでよかった。あとは月曜日に落ち穂拾いをすればいいでしょう。ふう。
あとメインでやってるほうはだいぶ先方待ちっぽくなってきましたが果たして。
あとチーム勉強会がありました。まあ情報共有の空間として成功だったのではないでしょうか。僕ならもっとうまく説明できるさと思うけれども。
そういえば、人はなぜ小学校の先生が教えた謎ルールをいつまでも根に持つのだろう、とふと思いました。掛け算の順序の話とかも根底にはこういうのがありそうな気がする。
僕は小学校の先生の言うことなんて聞いたことがなかったので(はい)そういった記憶があまりないなと思う。単に運が良かったのかもしれないけれど、でも別に学校のテストで×されてもたいした問題だとは思わなかったのではないかと思う(これはいささか願望が入りすぎてはいまいか)。というか、そうあるべきなのではないかと思う。別にテストで100点とるために学校に行くのではないのだし、小学校のテストなんてなんのペナルティもないのだし。
まあ、そんなにまじめに考えるような話ではなくて、要するにそのあたりに共感しやすさの(ひとつの)ピークがあるというだけなのでしょうけど。(そしてこれだから共感ベースの話題はつまらん、と思うのだけど。)
そういえば、ポケモンカードを持参してはいけないというルールがあって、(細かくは思い出せないけれど)どうも不合理だと生徒が不満をあらわにしていたような気がする。まあ、先生にしてみればトラブルの種になるの分かりきってるもの持ってこさせたくはないよな、と今は思う。小学校の先生ってどう考えても地獄の職業なのでは(初等教育に関わることに興味がすこしあるけれど、小学生の集団に常識を教えるのは完全に地獄だと思う)。
さて週末。そういえば、退学届にハンコがほしいとメールして返事がなかったのを今朝方再送したら明日来てくださいと言われたので明日行きます。どうしよう、これって一応最後なのかな。お世話になりました、みたいなことをちゃんと言うのがいいのだろうけど、うまく言えるだろうか(こうしたことを、タイミングを逃したとかですぐ言いそびれてしまうのが僕です)。というか起きれるのかな、はー。
あいかわらず身体的にも精神的にも具合がよくないです。というかこれはたぶん両方とも身体起因なのだろう。ウー。
明日が終われば週末ですがこの分だとなんか具合悪いのをなんとかするだけで終わってしまいそう。あとぜんぜん関係ないけど腕時計の電池が切れてしまったから時計屋さんを探さなくては。
身体的にも精神的にも低調です。朝起きたときのグアイワルイ感が夕方になっても抜けない感じ。夜はちょっと元気な気がするけど家にいるからそう思うだけかもしれません。うーん……。
仕事は順調。今日はずっと前からやりたかったビューのxib化をしました。Storyboardにしなかったのはちょっと日和ったからです。いや、この場合はビュー単体だしこれでいいのか。ViewControllerもあるにはあるからいずれ一本化したいけど(道は遠い、遠すぎる)。
そういえば、今後このプロジェクトが僕の(というか会社の)手を離れるかもという話を聞きました。うーん、思い切ったリファクタリングの途上にあるので他人の手に任せるのはちょっとつらいですね。意図を酌んでやってくれる人ならいいような気もしますけれども(どうせ僕には関係ないことだけど)。
ハニャー。
お昼から仕事をしましたが途中どうも具合がよくなかったです。どうしたんだろ。うーむ。
先輩とお昼に行ったときに、チームのありかたみたいな話になって、勉強会とかそういうのはやりたい人がやればいいのであって強制するのはな~みたいなことを言っていたのだけど、でも制度に組み入れることでやりたい人がモチベイションを維持することを助けられるのではないかなとさっき思いました。たぶんそういう風に保護することって大事。
あと僕としてはこういう活動を通してチーム内での情報交換がもっと活発になるとよいと思っていますが、まあこれは僕の考えることじゃあない。
あと、ねこせんはどっか訪ねて見たいものとかないの、って訊かれたけどいやーぜんぜんないですねー、歴史的価値とかだったらストリートビューでいいですしーって言ったら現代っ子かって言われた。現代っ子です。よろしくお願いいたします。
実際なー、別に見たいものなんてないというか、インターネットしてるとたぶん人間のキャパシティいっぱいの速度で情報が流れてくる感じがあって、まあそれでいいのかという話はあるにせよ、とりあえず新しいことを見聞きしたいという欲求はみたされてしまうのよね。で、現実の場所を実際に訪れる付加価値ってあとは現実世界トレーディングカードのレアカードでしかないような気がする。いや、もちろん僕だっていろいろな種類のそういうゲームで遊んでいるけれど(読書とか)、現実世界はちょっと遠慮します、という感じ。こういう感覚ってどういった範囲で共有され得るんだろう。同世代でも旅行好きの人いっぱいいるから単に僕がものぐさというだけのような気はする。
あとはまあ、感受性が仕事をしないので、特定の場所を訪れるよりもなにか文章を読んだほうがいろいろなことを考えるから価値があるなあ、というくらいだろうか。いや、なにも感じないというわけじゃないんだけど、別にそれ感じても感じなくてもよくない?みたいな。
さて、今夜は早めに眠って明日しゃんとできるようにしなくては。とりあえずいま抱えている案件については順調かなあ。ただ先方マターの決めごとがいろいろ残っている印象。
こんにちは、時間です。
あいや、いささか唐突だったかなとは僕も思っているんだ。普通の意味で時間はしゃべらない。時間ってのはしゃべったりするものたちが乗っかってるいわば足場のようなもので、それ自体がしゃべったりするものじゃあない。そうだ。君が言っていることはまったく筋が通っている。
がしかし僕はこうしてしゃべっている。そのことに異論はまずないと思う。異論が差し挟めるとしたらそれは僕の話を聴いているからで、そのことはそれ自体異論を打ち消す。その点はいいと思う。僕もいいと思っている。いや、特になんとも思っていない。僕にとっては自明と呼ぶのも憚られるほど自明だからね。
となると君はこう訊きたくなるだろう。「お前ってマジで時間なの?」いい心がけだと思う。君がかつてどれほど素直な子供だったか目に浮かぶようだ。もっとも時間である僕にとってはかつても今もあんまり関係がないのだけどね。
話がそれた。僕が時間だってどうやって示すか。うん、これはとても難しい。ひょっとすると僕にも証明できないかもしれない。いや、自信がないって話じゃないんだ。ただ、こういう種類の存在に対して言葉ができることってのはほんとうに少ない。雀の涙のおよそ六割くらいだ。体積でね。ああ、そんな話がしたいんじゃないんだけど。なんだっけ?そうだ、僕が時間であることの証明。ひとつ、僕は時間である。ふたつ、時間は僕である。みっつ、これが示さんとするところであった。どうだい?
あいや、そうだね、わかってる、君がこんなことじゃ納得してくれないことはわかっているんだ、どうかしてたよ、僕。だけどねえ君、僕だって精一杯やっているということをわかってほしいんだ、なにしろーー僕にはここに書くほかにできることはないのだし。
よしわかった。それならこういうのはどうだろう?「もしもそれが時間のように歩き、時間のように鳴くのなら、それは時間である」。これですこしは僕が時間だってわかってくれると思う。時間が鳴くのを聴いたことがないというのはもっともだ。あいつはめったなことじゃ鳴かないからな。というか鳴いたことがない。呼吸もしないし求愛とも無縁だからね。時間に愛はいらないんだ、無性生殖で殖えるからね。
それじゃ僕は、もう行くよ。時間だからね。
今日はだめねこだったので名前一つ決めるのにも大きな障壁を感じてしまってだめでした。うーん、だめねこだ。
今夜も本を読みます。
「オニキス」読みました。記憶いじってくるな~と思ったけどまあそれだけ、という感じです。わくわく感はあるけど。
「My Humanity」読みました。この人は真摯ですごいなーという感じです。ITPの話は今後どんどんやってほしいですね。「かたち」の話はまだよくわからない。
この週末はたくさん本が読めてよかったです(体育館の予約はしなかったけど)。次は「古文研究法」を読もうと思っていて冒頭にすこし目を通したら文章がメチャメチャ熱い感じだったので気に入りました。ただ僕は別に受験生でもないただのものぐさな人間なのでちゃんと読めるか微妙です。あとこれどう考えても一冊目向きではない(なぜ大学まで出ておいて古文の教科書が一冊目なんですか??)。
来週はちょっと忙しい予感があります。
これといってなにもしていません。本を読んでいます。
やっぱり漢字やひらがなよりはラテン文字のが好きだから、ラテン文字で書ける言葉が達者になりたいなーと思います。だったら英語を勉強なさい、となるのは自明なのですが、英語はネイティヴが大勢いて今更弱くてニューゲームするのはつまんないので(賢明な読者はここでこの主張がゴミクズであることにお気づきであろうが)マイナ言語やりたいですね。はい、そこでlojbanです(はい)(マイナと言いつつそこそこメジャなのを選ぶ)。
お昼から仕事。サブの案件に着手しました。ネットワークを裏でよしなに計らっておく設計、初めてなので試行錯誤しつつです。でもとりあえず形はまとまったので、あとはAPI待ちかな。
会社のiOSチームで定期勉強会をやることになりました。なんだか勢いだけで決めすぎた感じもあるので継続的にできるのか多少心配なのだけど(みんなネタ切れを恐れなさすぎだったと思う)、担当者はちゃんと準備時間を(すくなくとも予定表上は)業務に組み入れてもらえるらしいので、それはよいと思う。そういう文化によって技術の習得に前向きな雰囲気ができるとよいし、チームとしての意識も強くなると情報交換などが活発になるのではないかと期待している。
NSCacheの(オブジェクトではなく)キーにmutableな変数を使うと、あとでその変数が書き替えられたときにシッチャカメッチャカになってしまうっぽい現象について、wtbmにまとめようと思ったのでちょっと実験していたのだけど、僕がそれに気づいたときよりもさらに不可解な挙動をとるようになったので、なにを書いていいやら迷っています。あまりに意表を突かれたので中身でなにが起こっているのかさえわかりません。
「こういう結果が得られました。でも原因もメカニズムもわかりません」でもいいんだけど。でもあそこフィードバック装置がないからそれやっちゃうと何の参考にもならないんだよな……。
Yoがそこそこウケた(らしい)おもな理由としては、いまワールドカップというイベントがあって、「語られるべきことはすべて外部で語られている」ような状態で共感の符号だけをやりとりしたい、というようなシチュエイションが生まれているからなんじゃないかしらと思っていて(だからあれは根本的に実世界に関係の軸のある人たちのための道具だろう)、それが終わって生き残るかは微妙じゃないかなと思う。というかこのままの形では残らないだろう(ひとつの極端として記憶に留められはするだろうけれど)。
そんなことよりも、コミュニケイションがここまで限定された形をとって、それでもなおそこに豊穣さを見いだすことができるのだとしたら(あるいは人類がそのように訓練されたとしたら)、それはチューリングテストが激烈イージーモードになることを意味していて、その先は家電製品がどんどん友達になってくる世界なんじゃないかなと思う。たとえば、僕の家のガス給湯器は、お風呂が沸いたら「オフロガ ワキマシタ」と電子音声で伝えてくる、でも、もしも僕が友人たちと「Yo」だけのコミュニケイションの習慣を持っていたとしたら、ガス給湯器が「Yo」と言うことで彼は僕のその他の友人たちと対等なコミュニケイション対象となれるし、そしてそれは高度な音声合成も自然言語処理も精巧な人型ボディもいらない、現在の技術で簡単にできることなのだ。その方向からの革命の可能性は、もしかすると偉大な転回なのかもしれないと思う。
さて週末。